INDEPENDENT / NON-CANON
『まだ、閉じない。|理沙と美咲』/第一連作
『観測者圏』の人物・世界設定を用いた独立した非正史作品です。本編正史には影響しません。
今度は美咲が鍵を渡した。
「もらったから返すなら、渡しません」
「はい」
「私が、理沙さんに来てほしいから渡します」
理沙は手を開いた。
鍵には青い革紐をつけた。
二つの住所を行き来する生活が始まった。理沙の家には美咲の着替えが増え、美咲の家には理沙がいつも飲む無糖の紅茶が置かれた。
同じ量にはならなかった。
ある日、理沙が言う。
「過去四週間だと、こちらに泊まった日が十一泊、美咲さんの家が七泊です」
「数えたんですか」
「偏りがあります」
「だから?」
「同程度へ近づけた方が公平では」
美咲は少し考えた。
「私、負担だって言いました?」
「いいえ」
「もっとこっちへ来てって?」
「言われていません」
「じゃあ、何を揃えるんですか」
仕事なら簡単に分けられる概念が、生活では少し難しい。
「平等と同じ数は、別でしょう」
「……はい」
その週から、美咲は理沙宅へ置く牛乳の量を一パック減らした。理沙は最初、それを在庫最適化だと思った。
「違います」
「では?」
「理沙さん、自分で飲み切れないと気にするから」
美咲は理沙が見ていないところでも、理沙の生活を少し覚えていた。
金曜日。
今日、美咲さんはどちらにいますか。
自分の家。
理沙さんは?
美咲さんのいる方へ帰りたいです。
美咲は画面を見て、一度だけ端末を胸へ押し当てた。
返信は普通にした。
夕飯、二人分にします。
帰る場所は二つあった。
帰りたい相手は一人だった。