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20|予定どおりじゃない旅

INDEPENDENT / NON-CANON

『まだ、閉じない。|理沙と美咲』/第一連作

『観測者圏』の人物・世界設定を用いた独立した非正史作品です。本編正史には影響しません。

初めての二泊三日の旅行。行き先は、山あいの温泉地。

 理沙の予定表はA4で三枚になった。

「二泊三日ですよね」

「はい」

「海外遠征じゃないですよね」

「はい」

「どうして三枚」

「列車、乗換、宿、食事、郷土資料館、散策、天候別代替案です」

 美咲は三枚目まで見て、予定表を畳んだ。

「全部予定どおりじゃなくても怒らないでくださいね」

「怒りません」

「予定どおりじゃない方が楽しかった、ってことがあっても?」

 理沙は少し考えた。

「結果を見ないと分かりません」

「じゃあ、見に行きましょう」

 初日。列車も乗換も昼食も、ほぼ予定どおりだった。

 最初に崩れたのは、郷土資料館だった。

設備点検のため、本日臨時休館

「昨夜も確認しました」

「知っています」

 理沙が端末を開く。

 美咲がその手を軽く押さえた。

「三分だけ」

「何がですか」

「代替案を見ない時間」

「何をします?」

「今から考えます」

 資料館の横に、小さな木の標識があった。

展望路

「行ってみません?」

「目的地は?」

「分かりません」

 理沙は一度だけ閉まった資料館を見る。

「行きましょう」

 坂。石段。林。

 歩いているうちに、美咲の息が少し上がる。

「休みます?」

「理沙さんの方が汗かいてます」

「私は平気です」

「そういうの、もう信用しません」

 理沙は自分の呼吸を確認した。

「では、少し休みます」

 ベンチもない場所で二人で立ち止まり、水を飲む。

 さらに歩く。

 木々が途切れた。

 町。川。山。

 予定表にはなかった景色。

「すごい」

 美咲が言った。

「……いいですね」

「予定に追加します?」

「しません」

「珍しい」

「予定外だったことを、予定に入っていたことにしたくありません」

 美咲が横を見る。

「今の、好きです」

 旅館では浴衣に着替えた。

「帯、曲がってます」

 美咲が言う。

「できます」

「貸して」

 美咲が近づき、理沙の帯を直す。

「近いです」

「帯を直してるので」

「嫌ではありません」

「知っています」

 二人で写真を撮ることにした。

 一枚目は普通に並ぶ。

 二枚目。シャッターの直前、美咲が理沙の頬へキスをした。

「美咲さん」

「嫌でした?」

「いいえ」

 写真を見る。

 驚いた理沙。笑っている美咲。

「残します」

「二人だけ?」

「はい」

 二日目。

 大雨。

 晴れ予報は外れた。

「代替案あります?」

「あります」

「今日、何もしない日にしません?」

「一日?」

「温泉。本。お茶。昼寝。雨」

 理沙は朝食が終わるまで考えた。

「全部今回やらなくても、また来ればいいでしょう」

 美咲が言う。

 理沙は予定表を閉じた。

「分かりました」

 本当に何もしなかった。

 温泉に入り、同じ部屋で別々の本を読む。美咲が昼寝をする。理沙も少しあとで眠る。

 起きると、雨の音と美咲の呼吸しか聞こえない。

 旅行へ来て、何もしていない。

 それなのに、無駄だとは思わなかった。

 夕方。

「今日、どうでした?」

「よかったです」

「何もしてないのに」

「美咲さんと、何もしませんでした」

 部屋の案内用ホワイトボードを見て、美咲が笑う。

「ホワイトボードでは一生変わらないと思う」

「何がですか」

「理沙さん。予定を書くの」

 理沙は白い面を見る。

「私は一生でもいいです」

 美咲の表情が止まる。

「今の、どういう意味?」

 理沙も、自分の言葉を理解した。

「美咲さんと、という意味です」

「プロポーズ?」

「違います」

 はっきり言う。

「制度や形を、今ここで決める意味ではありません。ただ、美咲さんとこの先も一緒にいたいと思いました」

 雨。窓。湯気の残ったカップ。

「一生を保証はできません」

「そこは理沙さんですね」

「でも、そうなったらいいと、今は思っています」

 美咲はしばらく答えなかった。

 以前なら、「私も」とだけ言ったかもしれない。

 今は、自分で言葉を選ぶ。

「明日、来週、来年、その先も一緒にいたい」

「私もです」

 三日目、雨は上がった。

 予定していた場所へは行かず、町を歩く。

 小さな木工品店。

 二羽の木彫りの鳥。一羽は少し左を向き、もう一羽は右を向いている。並べると、互いを見る。

「これ、家に置きたい」

 美咲が言う。

「私も欲しいです」

「実用品じゃないですよ」

「知っています」

 予定表にない荷物が一つ増えた。

 帰宅。

「ただいま」

「ただいま」

 二羽を棚へ置く。

 少し離す。

 美咲が片方を動かし、二羽が向き合う。

 旅行の写真を端末へ移す。

 展望路。雨。浴衣。頬へキスされた瞬間。

 新しいフォルダを作る。

旅行01

「01?」

「また行くでしょう」

「次、どこ?」

「未定です」

 夜、理沙はNotebookを開いた。

二泊三日。
資料館は臨時休館。
雨で二日目の予定はほぼ中止。
展望路は予定外。
何もしない日もよかった。
美咲さんと、また旅行したい。
次は未定。

 Notebookを閉じる。

 棚には二羽の鳥。

 画面には「旅行01」。

 寝室から美咲が呼ぶ。

「理沙さん、寝ますよ」

「今行きます」

 理沙は照明を消した。

 明日の細かな予定はある。

 次の旅行先はない。

 隣にいる人だけは、もう決まっていた。