少女・医師・語り手の三者が“ひとつに収束する”終末構造で書いています。 私の好む「静かに世界が崩れていく感覚」を最大限に引き伸ばそうと思います。
五メートル先に少女が立っている。 白いワンピース。髪で顔が隠れている。
私はその姿を“患者の幻視”として記録してきた。 医師の助言を引用し、少女の距離の変化を追い、 語り手として淡々と状況を整理してきた。
だが―― 最近、どうにも説明できないことが増えている。
患者の語りの中に、 私が知らないはずの記憶が混ざる。
患者の幼少期の部屋の匂い。 母親の声。 初めて視力が落ちた日の夕焼け。
私はそれを“聞いた”ことがない。 なのに、語りながら胸が痛む。
まるで、私自身の記憶のように。
■ 医師の言葉
「少女は感情の像。 私は理性の像。 そしてあなたは――」
医師はそこで言葉を止めた。
私は尋ねた。
「私は……何の像なんですか?」
医師は答えなかった。 ただ、五メートル先に立ち尽くしていた。
その距離は、少女と同じ。
私はそのとき初めて気づいた。
少女も医師も、五メートルから始まった。 そして今、私も五メートルの位置に立っている。
私は語り手ではないのかもしれない。
■ ある夜
少女が一メートルの距離に来た。 髪の隙間から覗く瞳は、 私の瞳と同じ色をしていた。
少女が囁く。
「あなたはね…… “私の感情の終わり”なんだよ」
意味が分からなかった。
医師が背後から言った。
「そして私は“理性の終わり”です」
二人の声が重なる。
「あなたは―― 記憶の終わり」
私は震えた。
少女が私の手を握る。 医師が私の肩に触れる。
二人の体温が、私の中に流れ込んでくる。
「あなたは語り手じゃない」 「あなたは患者でもない」 「あなたは医師でも少女でもない」
「あなたは――」
二人が同時に囁いた。
「患者が最後に残した“自己像”そのもの」
視界が崩れた。
壁が溶け、床が消え、 少女も医師も私も、輪郭を失っていく。
世界が静かに、音もなく、 ひとつの点に収束していく。
■ 終末
気づくと、私は“何か”の中に浮かんでいた。
形も、名前も、記憶もない。 ただ、微かな光だけが揺れている。
その光が囁く。
「あなたは私。 私たちはひとつ。 感情も、理性も、記憶も、 全部ひとつに戻った」
私は理解した。
少女も医師も語り手も、 すべて患者自身の断片だった。
そして今―― 断片は統合され、世界は終わった。
残ったのは、 “私”という名の、 形のない一点だけ。
その一点が、最後にこう呟いた。
「五メートル先にいたのは、ずっと私だった」
光が消えた。
世界も消えた。
そして―― 私も消えた。


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