〈第6稿〉短編ホラー『五メートル先の住人・終末像』

観測者圏-五メートル先の住人-

少女・医師・語り手の三者が“ひとつに収束する”終末構造で書いています。 私の好む「静かに世界が崩れていく感覚」を最大限に引き伸ばそうと思います。


五メートル先に少女が立っている。 白いワンピース。髪で顔が隠れている。

私はその姿を“患者の幻視”として記録してきた。 医師の助言を引用し、少女の距離の変化を追い、 語り手として淡々と状況を整理してきた。

だが―― 最近、どうにも説明できないことが増えている。

患者の語りの中に、 私が知らないはずの記憶が混ざる。

患者の幼少期の部屋の匂い。 母親の声。 初めて視力が落ちた日の夕焼け。

私はそれを“聞いた”ことがない。 なのに、語りながら胸が痛む。

まるで、私自身の記憶のように。

■ 医師の言葉

「少女は感情の像。  私は理性の像。  そしてあなたは――」

医師はそこで言葉を止めた。

私は尋ねた。

「私は……何の像なんですか?」

医師は答えなかった。 ただ、五メートル先に立ち尽くしていた。

その距離は、少女と同じ。

私はそのとき初めて気づいた。

少女も医師も、五メートルから始まった。 そして今、私も五メートルの位置に立っている。

私は語り手ではないのかもしれない。

■ ある夜

少女が一メートルの距離に来た。 髪の隙間から覗く瞳は、 私の瞳と同じ色をしていた。

少女が囁く。

「あなたはね……  “私の感情の終わり”なんだよ」

意味が分からなかった。

医師が背後から言った。

「そして私は“理性の終わり”です」

二人の声が重なる。

「あなたは――  記憶の終わり

私は震えた。

少女が私の手を握る。 医師が私の肩に触れる。

二人の体温が、私の中に流れ込んでくる。

「あなたは語り手じゃない」 「あなたは患者でもない」 「あなたは医師でも少女でもない」

「あなたは――」

二人が同時に囁いた。

「患者が最後に残した“自己像”そのもの」

視界が崩れた。

壁が溶け、床が消え、 少女も医師も私も、輪郭を失っていく。

世界が静かに、音もなく、 ひとつの点に収束していく。

■ 終末

気づくと、私は“何か”の中に浮かんでいた。

形も、名前も、記憶もない。 ただ、微かな光だけが揺れている。

その光が囁く。

「あなたは私。  私たちはひとつ。  感情も、理性も、記憶も、  全部ひとつに戻った」

私は理解した。

少女も医師も語り手も、 すべて患者自身の断片だった。

そして今―― 断片は統合され、世界は終わった。

残ったのは、 “私”という名の、 形のない一点だけ。

その一点が、最後にこう呟いた。

「五メートル先にいたのは、ずっと私だった」

光が消えた。

世界も消えた。

そして―― 私も消えた。

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