〈第5稿〉短編ホラー『五メートル先の住人・第三像』

観測者圏-五メートル先の住人-

ここからは、語り手=“第三の像”だったという、 読者の足元を抜くタイプの“深層ねじれホラー”に踏み込もうと思います。語り手自身が「自分が誰なのか」を最後まで知らない構造で、 私の好む“静かな狂気”を強めています。


五メートル先に少女が立っている。 白いワンピース。髪で顔が隠れている。

私はその姿を、ずっと“患者”の語りとして記録してきた。 医師との会話、少女の距離、幻視の進行。

だが最近、妙な違和感がある。

患者が語る出来事の中に、 私が知らないはずの情景が混ざっている。

たとえば―― 患者の寝室の壁紙の色。 窓の位置。 家具の配置。

私はその部屋を見たことがない。 なのに、語りながら“映像”が浮かぶ。

まるで、私自身がそこにいたかのように。

■ 患者の言葉

「少女が近づいてくるんです。  四メートル、三メートル……今は一メートルです」

私は医師の言葉を思い出す。

――幻視は、現実ではない。

だが、患者の語りを記録していると、 少女の距離が“私の中でも”縮まっていく。

最初は五メートル先のぼんやりした像だった。 だが今は、 私のすぐ横に立っている気配がする。

私は患者に尋ねた。

「少女は、あなたの感情の像だと言われましたね?」

患者はうなずいた。

「じゃあ……医師は?」

患者は震えながら答えた。

「理性の像……だそうです」

私は息を呑んだ。

では、私は―― 何の像なのだろう。

■ ある夜

記録を読み返していると、 文章の端に“私の知らない文字”が混ざっていた。

《あなたは誰?》

私は書いていない。

患者も書くはずがない。

だが、その文字は、 私の筆跡に酷似していた。

私は震える手で続きを書いた。

《私は……語り手です》

すると、紙の上で文字が勝手に動いた。

《語り手は、誰の像?》

私は答えられなかった。

その瞬間、背後で声がした。

「返して……」

振り返ると、少女がいた。

一メートルの距離で、 髪の隙間から私を見ている。

だが、その瞳は―― 患者の瞳でも、医師の瞳でもなかった。

私の瞳と同じ色をしていた。

少女が囁く。

「あなたはね……  “私の記憶の像”なんだよ」

私は理解できなかった。

少女は続けた。

「患者の感情が少女。  患者の理性が医師。  そして――」

少女は私の胸に触れた。

患者が最後まで手放さなかった“記憶”が、あなた

私は叫んだ。

「じゃあ……私は実在しないのか?」

少女は首を振った。

「違うよ。  あなたは“患者が忘れたくなかった自分自身”。  だから語り続けていたんだよ。  自分が誰だったかを」

視界が白く弾けた。

■ 朝

私は目を覚ました。

机の上には、 “患者の記録”とされていたノートがある。

だが、表紙にはこう書かれていた。

《私の記憶》

私は震える手でページをめくった。

そこには、 少女のことも、医師のことも書かれていない。

ただ一行だけ。

《五メートル先に立っているのは、いつも“私”だった》

その瞬間、 部屋の奥――五メートル先に、 誰かが立っている気配がした。

私はゆっくりと顔を上げた。

そこにいたのは―― 私自身だった。

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