INDEPENDENT / NON-CANON
『まだ、閉じない。|理沙と美咲』/第一連作
『観測者圏』の人物・世界設定を用いた独立した非正史作品です。本編正史には影響しません。
綾音は待ち合わせ時刻の十二分前に着いた。駅前時計と端末の時刻を確認し、差がほとんどないことを確かめてから予定を開く。
植物園。カフェ。書店。その後は三案。雨天用の代替案もある。
「……多かったかもしれない」
「綾音さん」
顔を上げると、澄架が歩いてきた。白衣も業務端末もない。職場と同じ人なのに、少しだけ見慣れなかった。
「お待たせしました」
「まだ九分前です」
「それ、待ってたって言うんじゃないですか」
「私が早く来ただけなので」
澄架は笑った。
植物園では、最初の二十分ほど予定どおりだった。温室の奥で、澄架が大きな葉の前に止まるまでは。
「こういうの、好きなんです」
「どこが?」
「見ていて飽きない」
綾音は説明板を読んだ。分類、原産地、栽培条件。情報は増えたが、澄架が見ているものと同じものを見ている感じはしなかった。
予定では、あと四分。
「そろそろ行きます?」
澄架が訊いた。
「予定では」
「私はもう少し見たいけど、次もありますし」
綾音は時刻をもう一度見てから、画面を消した。
「私も、もう少しここにいたいです」
「いいんですか。予定」
「変更します」
温室を出た時点で十三分遅れていた。綾音は、その遅れを記録しなかった。
カフェでは窓際の席に座った。注文が届き、澄架がカップの縁に指を置く。
「一つ確認していいですか」
「はい」
「今日って、デートですよね」
綾音は瞬いた。
「私はその認識です」
澄架の肩が、ほんの少し下がった。
「よかった」
「澄架さんも?」
「そのつもりで来ています」
「では一致しています」
「そこ、仕事みたい」
「確認なので」
二人とも笑った。
書店では途中から別々の棚へ行った。澄架は植物と写真、綾音は科学書。二十分後に集合する。
別々に本を選び、同じ場所へ戻ってくる。そのことが綾音には不思議なくらい心地よかった。
帰り道、細い路地から自転車が飛び出した。
「危ない」
綾音が澄架を引く。避けたあと、自分が手を握っていることに気づいた。
掌が温かい。
「綾音さん」
「はい」
「手」
「はい」
一度緩めた。けれど離さなかった。
「このままでもいいですか」
澄架は握り返した。
「はい」
駅まで歩いた。最終的な遅れは四十七分。
「今日は楽しかったです」
澄架が言う。
「私もです」
「よかった」
「次も、また二人で出かけませんか」
「行きたいです」
早い返事だった。
「候補日は七つあります」
「多い」
「三つに減らします」
「そこから一緒に決めましょう」
改札前で手が離れた。
一人になって、綾音は予定を見る。四十七分。予定どおりではなかった。
それなのに、修正したいとは思わなかった。
二人の間には、まだ観測されていないものが、少しくらい残っていた。