INDEPENDENT / NON-CANON
『まだ、閉じない。|理沙と美咲』/第一連作
『観測者圏』の人物・世界設定を用いた独立した非正史作品です。本編正史には影響しません。
雨で外出予定が崩れ、二人は澄架の家へ向かった。
本、植物、使いかけのハンドクリーム。キッチンには乾ききっていない布巾がある。仕事場では見えないものが、部屋には普通に置かれていた。
夕食は親子丼にした。綾音が材料を切り、澄架が味を決める。
「醤油は?」
「適量」
「何ミリリットル」
「味見してください」
「再現性が」
「家庭料理です」
綾音が味をみる。
「少し薄いです」
「じゃあ足して」
「何ミリ」
「自分で決めてください」
澄架が笑う。綾音も少しだけ笑った。
「理沙さん」
澄架が自然に呼んだ。
綾音の手が止まる。
「今」
「はい」
「もう一度」
「理沙さん」
職場では絶対に使わない呼び方だった。
「私も、美咲さんと呼んでいいですか」
「もちろん」
夕食後、二人で映画を観た。美咲がソファへ深く座り、理沙の肩へ少しだけ頭を預ける。
最初は触れているだけだった重さが、しばらくすると自然になった。
雨は夜まで残った。
帰る時刻。玄関で理沙が靴を履く。
「理沙さん」
「はい」
「帰ってほしくない」
理沙は振り返った。美咲自身も、言ったあと少し驚いた顔をしている。
「私も帰りたくないです」
それでも今日は帰る。そこまで決めるのに、二人とも少し時間がかかった。
扉の前でキスをする。美咲の髪から、さっき使ったシャンプーの匂いがした。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい、美咲さん」
雨の中を帰る。
十五分後。
帰りました。
美咲からすぐ返る。
おかえりなさい。
理沙は玄関に立ったまま、その一文をもう一度読んだ。