INDEPENDENT / NON-CANON
『まだ、閉じない。|理沙と美咲』/第一連作
『観測者圏』の人物・世界設定を用いた独立した非正史作品です。本編正史には影響しません。
秋物の上着を出した頃、理沙は美咲へ合鍵を渡した。
「この家のです」
「私が持ってていいんですか」
「持っていてほしいです」
「どうして」
「来てほしいから」
美咲は鍵を握った。
「嬉しいです。でも、少し怖い」
「何が?」
「自分の場所が増える感じがするから」
この家には、もう美咲の歯ブラシがある。着替え、本、いつも使う化粧落とし。
「失くしたくないものが増える」
「返します?」
「返しません」
即答してから、美咲は笑った。
「こういうところだけ、理沙さんみたいになってきた」
「何がですか」
「必要なときは曖昧にしないところ」
二人で決めたことは一つだけだった。自由に入っていい。ただし、できるだけ先に連絡する。
最初に使ったのは、理沙が遅くなった夜だった。
美咲は一人で鍵を開ける。
「お邪魔します」
返事がないことに、自分で少し笑う。
冷蔵庫、鍋、調味料。もう場所を知っている。
夕食を作る。
十九時五十一分、玄関で鍵が回った。
「ただいま――」
理沙の声が止まる。
「おかえりなさい」
美咲が言う。
理沙は一度だけ部屋を見渡した。灯り、湯気、美咲。
「……ただいま」
鍵には、美咲が自分で緑の革紐をつけた。
翌朝、理沙が先に家を出る。
「戸締まりお願いします」
「はい」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
一人になった美咲は植物の鉢を少し回し、カップを洗い、最後に自分の鍵で扉を閉めた。
鍵が回る音が、昨日までとは違って聞こえた。