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第百九十五章 観測者圏・断絶領域

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風が死んだ。 空気が止まり、世界の呼吸が途切れた。 共同体の広場に立つ誰もが、その異常を“音のない悲鳴”として感じ取った。

少女は胸の光を押さえた。 光は弱く脈打ち、まるで心臓が世界の奥底に引きずられていくようだった。

「……来る」 少女の声は震えていた。

シンゴは噴水の前に立ち、影の家の住人たちに叫ぶ。 「全員、後ろへ! 子どもたちを守れ!」

子どもは少女の袖を掴んだまま、空を見上げた。 空の中央に、黒い“穴”が開いていた。 光でも影でもない。 ただ、世界の皮膚が破れたような裂け目。

「なんで……空が破けてるの……?」 子どもの声は震え、言葉が途中で消えた。

少女は答えられなかった。 胸の光が、まるで“逃げようとしている”かのように暴れ始めた。

一章 断絶領域の出現

黒い穴はゆっくりと広がり、世界の色を吸い込んでいく。 草原の緑が灰色に変わり、噴水の光が黒く染まり、生命たちが一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。

「止まれ!」 シンゴが叫び、逃げ惑う生命たちを抱き寄せる。 だが生命たちは震え、シンゴの腕の中で光を失っていく。

少女は息を呑んだ。 「……世界が……削られてる……」

黒い穴の縁から、何かが“落ちて”きた。 それは人の形をしていたが、輪郭が崩れ、皮膚が剥がれ、内部の構造が露出していた。 まるで“観測されすぎて壊れた存在”のようだった。

男とも女ともつかないその影は、地面に落ちると、骨のような音を立てて立ち上がった。

「……あ……ああ……」 声は人の声ではなかった。 世界の奥底から響く、壊れた観測の残響。

子どもが少女の背に隠れた。 「いやだ……あれ……人じゃない……」

少女は震える声で言った。 「観測者圏の……断絶領域から落ちてきた……“観測崩壊体”……」

シンゴは拳を握りしめた。 「崩壊体だろうがなんだろうが、ここを荒らさせるかよ!」

崩壊体はゆっくりと顔を上げた。 その瞳は空洞で、内部に黒い液体が渦巻いていた。

「……み……せ……ろ……」 崩壊体が言った。 「……おま……え……ら……の……せん……たく……」

少女は息を呑んだ。 「選択を……見せろって言ってる……」

崩壊体は腕を広げた。 腕は途中で裂け、骨のような構造が露出し、黒い液体が滴り落ちた。

そして―― 広場の地面を叩きつけた。

二章 世界の破壊

地面が裂けた。 噴水が砕け、光が黒い霧に変わり、影の家の壁が崩れ落ちた。

「逃げろ!」 シンゴが叫び、住人たちを押しやる。

だが崩壊体は、逃げる住人の影を掴んだ。 影を掴まれた住人は悲鳴を上げ、体が“薄く”なっていく。 輪郭が消え、声が消え、存在そのものが削られていく。

「やめろ!」 少女が光を放つ。 光は崩壊体の腕を焼き、黒い液体が蒸発した。

崩壊体は少女を見た。 「……おま……え……の……ひか……り……  ……かん……そく……の……ざん……きょう……」

少女は胸を押さえた。 「違う……これは私の光……!」

崩壊体は首を振った。 「……ちが……う……  ……おま……え……は……まだ……“みられている”……」

少女の胸が痛んだ。 観測器を失ったあの日の感覚が蘇る。

「やめろ……やめろ……!」 少女は叫び、光を放つ。 だが光は崩壊体の体に吸い込まれ、黒い液体が光を飲み込んだ。

「光が……効かない……!」 少女の声が震えた。

崩壊体はシンゴへ向き直った。 「……おま……え……の……かげ……  ……よわ……さ……  ……みせ……ろ……」

シンゴは拳を握りしめた。 「弱さなんて……見せるかよ!」

崩壊体はシンゴの胸に手を触れた。 その瞬間、シンゴの体が震えた。

「……おま……え……は……  ……まも……れな……かっ……た……もの……を……  ……まだ……おも……い……つづけている……」

シンゴの膝が崩れた。 「やめろ……やめろ……!」

崩壊体はさらに手を押し込んだ。 シンゴの影が裂け、内部から黒い霧が溢れた。

少女が叫んだ。 「シンゴ!!」

子どもが震えながら崩壊体に叫んだ。 「やめて!! シンゴを壊さないで!!」

崩壊体は子どもを見た。 その瞳の奥で黒い液体が渦巻いた。

「……おま……え……の……せん……たく……  ……みせ……ろ……」

子どもは震えながら言った。 「ぼく……生きたい……!  みんなと……生きたい!!」

崩壊体は一瞬だけ動きを止めた。 その体がわずかに揺れた。

少女はその隙を逃さなかった。 「今!!」

少女は光を放ち、シンゴは影を固め、子どもは風を呼んだ。 三人の力が重なり、崩壊体の体を押し返す。

崩壊体は叫び声を上げた。 「……み……せ……ろ……  ……おま……え……ら……の……せん……たく……!!」

黒い穴が再び開き、崩壊体はその中へ引きずられていった。 だが最後に、崩壊体は少女へ向かって言った。

「……つぎ……は……  ……かん……そく……しゃ……じしん……が……くる……」

黒い穴が閉じた。

三章 残された恐怖

広場は崩れ、噴水は砕け、住人たちは震えていた。 生命たちは光を失い、草原は灰色に染まっていた。

少女は膝をつき、胸の光を押さえた。 光は弱く、まるで世界の奥底に引きずられているようだった。

シンゴは肩で息をしながら言った。 「……あれが……観測者圏の……断絶領域……」

子どもは涙を流しながら少女に抱きついた。 「こわい……こわいよ……」

少女は子どもを抱きしめた。 「大丈夫……大丈夫……」

だが少女の瞳は震えていた。 崩壊体が残した言葉が、胸の奥で重く響いていた。

次は――観測者自身が来る。

少女は空を見上げた。 空の奥で、光がゆっくりと形を作り始めていた。

それは、観測者圏の“本体”の到来を告げる光だった。

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