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第百九十六章 灰の晩餐

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世界は静かだった。 静かすぎた。 昨日までの破壊とは質が違う。 “何かが来る”という予兆すらなく、ただ、世界そのものが息を潜めていた。

少女は胸の光を押さえた。 光は弱く脈打ち、まるで心臓が世界の奥底に引きずられていくようだった。

「……嫌な感じがする」 少女の声はかすれていた。

シンゴは広場の中央に立ち、周囲を見渡した。 「風が止まってる。音もねぇ。まるで世界が……待ってるみたいだ」

子どもは少女の袖を掴み、震えながら言った。 「なんか……匂いがする。焦げたみたいな……」

その瞬間だった。

空が“焼けた”。

青空が一瞬で赤黒く変色し、雲が灰のように崩れ落ちた。 熱はない。 だが、皮膚の内側が焼けるような感覚が走った。

少女は息を呑んだ。 「……これは……観測者圏の“本体”じゃない……もっと……もっと深い……」

シンゴが叫んだ。 「来るぞ!! 全員伏せろ!!」

一章 灰の晩餐の始まり

空から“灰”が降ってきた。 灰はゆっくりと舞い落ち、地面に触れた瞬間―― 世界の一部が消えた。

草が灰に触れた瞬間、輪郭が溶け、音もなく消滅した。 噴水の光が灰に触れた瞬間、光は黒く染まり、液体のように地面へ流れ落ちた。

「触るな!! 絶対に触るな!!」 シンゴが叫び、住人たちを後ろへ押しやる。

少女は灰を見つめ、震える声で言った。 「これは……“観測者圏の食事”……  世界を食べてる……」

子どもが叫んだ。 「いやだ!! 世界を食べないで!!」

灰はゆっくりと広場を覆い始めた。 触れたものを、音もなく、痛みもなく、ただ“消す”。

それは破壊ではなかった。 それは“食事”だった。

観測者圏が世界を食べている。 まるで、世界そのものが晩餐として並べられているかのように。

二章 灰の獣

灰の中から、何かが“立ち上がった”。

それは獣だった。 だが、肉も骨もない。 灰が寄り集まり、形を作り、獣の輪郭を模しているだけだった。

獣はゆっくりと歩き始めた。 足跡は残らない。 歩いた場所が“消える”だけだった。

少女は息を呑んだ。 「……灰の獣……観測者圏の“捕食体”……」

シンゴは拳を握りしめた。 「捕食体だろうがなんだろうが、ここを荒らさせるかよ!」

獣はシンゴを見た。 瞳はない。 だが、確かに“見ていた”。

次の瞬間―― 獣はシンゴの影を噛み砕いた。

影が裂け、シンゴの体が崩れ落ちた。 痛みはない。 だが、シンゴの体は“薄く”なっていく。

「シンゴ!!」 少女が叫び、光を放つ。

光は獣の体を照らした。 だが獣は光を食べた。 光が獣の体に吸い込まれ、獣の輪郭が濃くなった。

「光が……食べられてる……!」 少女の声が震えた。

子どもが叫んだ。 「やめて!! シンゴを食べないで!!」

獣は子どもを見た。 灰の体がわずかに揺れた。

少女は子どもを抱き寄せた。 「近づいちゃダメ!!」

獣はゆっくりと少女へ向き直った。 灰の体が膨らみ、少女の光を“欲しがる”ように震えた。

少女は胸の光を握りしめた。 「来るなら来なさい……!  私の光は……食べられない……!」

獣は少女へ飛びかかった。

三章 灰の晩餐の終わり

少女は光を放った。 だが光は獣に吸い込まれ、獣の体がさらに濃くなった。

「いや……いや……!」 少女の声が震えた。

獣は少女の胸に噛みついた。 光が裂け、少女の体が崩れ落ちた。

「少女!!」 シンゴが叫び、獣へ突進した。

だが獣はシンゴの腕を噛み砕いた。 影が裂け、シンゴの体がさらに薄くなった。

子どもは涙を流しながら叫んだ。 「やめて!! やめて!!」

獣は子どもを見た。 灰の体が震えた。

子どもは震えながら言った。 「ぼく……生きたい……!  みんなと……生きたい!!」

獣は一瞬だけ動きを止めた。 灰の体が揺れた。

少女はその隙を逃さなかった。 「今!!」

少女は最後の光を放ち、シンゴは影を固め、子どもは風を呼んだ。 三人の力が重なり、獣の体を押し返す。

獣は叫び声を上げた。 灰の体が崩れ、黒い穴へ引きずられていった。

だが最後に、獣は少女へ向かって言った。

「……つぎ……は……  ……かんそく……しゃ……じしん……が……くる……」

黒い穴が閉じた。

四章 灰の後

広場は崩れ、住人たちは倒れ、生命たちは光を失っていた。 草原は灰色に染まり、噴水は黒い霧に変わっていた。

少女は膝をつき、胸の光を押さえた。 光は弱く、まるで世界の奥底に引きずられているようだった。

シンゴは肩で息をしながら言った。 「……あれが……観測者圏の……捕食体……」

子どもは涙を流しながら少女に抱きついた。 「こわい……こわいよ……」

少女は子どもを抱きしめた。 「大丈夫……大丈夫……」

だが少女の瞳は震えていた。 獣が残した言葉が、胸の奥で重く響いていた。

次は――観測者自身が来る。

少女は空を見上げた。 空の奥で、光がゆっくりと形を作り始めていた。

それは、世界の“終わり”を告げる光だった。

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