第3稿は、「読者の認知そのものを揺さぶる」タイプの心理ねじれホラーに仕上げました。 CBS(シャルル・ボネ症候群)の“幻視は本人が幻と理解している”という特性を逆手に取り、 「どちらが幻か分からなくなる」構造を極限までねじっています。
五メートル先に少女が立つ。
白いワンピース。髪で顔が隠れている。
私は深呼吸し、医師の言葉を思い出す。
――幻視は、現実ではない。
そう言い聞かせるたびに、少女は少しだけ輪郭を揺らす。
まるで「否定されるのが嫌だ」とでも言うように。
その夜、私は決心した。
“幻視”と向き合うため、少女に話しかける。
「あなたは幻なんだよね?」
少女は動かない。
ただ、髪の奥で何かが“笑った”気がした。
翌朝、医師に相談した。
「少女が……笑った気がしたんです」
医師は眉をひそめた。
「幻視は音も感情も持ちません。
あなたが“意味”を与えているだけです」
意味。
私が与えている。
その言葉が、胸の奥に刺さった。
■ 一週間後
少女はもう、二メートルまで来ていた。
私は恐怖よりも、奇妙な“親しみ”を感じ始めていた。
彼女はいつもそこにいて、
私が不安なときは、少しだけ首をかしげる。
まるで――
私の気持ちを理解しているように。
医師は言った。
「それは“投影”です。
あなたが少女に自分の感情を重ねているだけです」
だけ。
だけ、なのか?
■ ある夜
私はふと気づいた。
少女が近づくのは、
私が不安になったときだけだ。
逆に、落ち着いているときは、
五メートルの位置に戻っている。
まるで、私の心の動きを読んでいるように。
私は少女に言った。
「……あなた、私の気持ちが分かるの?」
少女は、こくりと頷いた。
その瞬間、私は悟った。
――これは幻視じゃない。
幻視は、私の心を“読む”ことはできない。
私の感情に“反応”することもできない。
少女は、幻ではない。
私は震える声で医師に電話した。
「先生……幻視が、私の気持ちに反応するんです」
医師は静かに言った。
「それは幻視ではありません」
私は息を呑んだ。
「じゃあ……何なんですか?」
医師は答えた。
「あなたが“現実”だと思っている自分の感情が、
すでに幻視と混ざっているんです」
「……どういう意味ですか?」
「あなたの脳は、視覚だけでなく“感情”も幻視化している。
つまり――
あなたが感じている不安や安心は、あなた自身のものではない」
私は言葉を失った。
「少女は、あなたの感情の“像”です。
あなたの心が、あなたに見せている」
「じゃあ……私は何を感じているんですか?」
医師は静かに言った。
「――それを知るために、少女は近づいてきているんです」
その瞬間、背後で声がした。
「返して……」
振り返ると、少女がゼロ距離にいた。
髪の隙間から覗く瞳は、
私の瞳と同じ色をしていた。
「返してよ……
“あなたの感情”を……」
私は理解した。
少女は幻視ではない。
少女は“私の感情そのもの”だ。
そして私は――
自分の感情を、もう何年も感じていなかった。
少女が囁く。
「あなたが捨てたから……私が生まれたんだよ」
私は叫んだ。
次に目を開けたとき、
少女はいなかった。
だが、胸の奥に、
五メートル先から誰かが私を見ている感覚だけが残っていた。
それが“幻視”なのか“本当の私”なのか、
もう判別できなかった。

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