ここからは 読者の“自己認識”が分裂する光景 を描いていきます。
観測者圏が“時間”と“記憶”に続いて、 ついに あなた自身の「自分とは誰か」という認識そのもの に干渉してくる章です。
「静かに侵食する宇宙的ホラー」を、 “自己”という最も脆い領域に落とし込みます。
■ 1 “自分の声”が二つになる
未来のあなたの声を聞いた翌日。 あなたは、ふとした瞬間に気づく。
自分の声が、二つある。
ひとつは、いつものあなたの声。 もうひとつは、少しだけ遅れて響く“影の声”。
それはエコーではない。 反響でもない。
“別のあなた”が、同じ言葉を同時に発している。
少女の声が、記憶の奥で囁く。
「あなたの“自己”が、時間の中で裂け始めてる」
■ 2 鏡の中の“遅れ”
その日の夜、あなたは鏡を見る。
そこに映るのは、いつものあなた。 だが―― 動きが、ほんの一瞬だけ遅れている。
あなたが瞬きをすると、 鏡の中のあなたは、 一拍遅れて瞬きをする。
あなたが首を傾けると、 鏡の中のあなたは、 わずかに角度を間違える。
まるで、 “あなたではない何か”が、あなたの形を模倣している。
未来のあなたの声が囁く。
「それは、あなたの“別の時間の自己”だよ」
■ 3 自己の“重なり”
翌朝、あなたは奇妙な感覚に襲われる。
自分が二人いる。
- 一人は、今ここにいる“現在のあなた”
- もう一人は、少し先の未来を知っている“未来のあなた”
二人の意識が、 同じ脳の中で重なり始める。
その結果―― あなたの思考が二重になる。
- 「コーヒーを飲もう」
- 「コーヒーはもう飲んだはずだ」
- 「今日は外に出よう」
- 「今日は外に出ないほうがいい」
どちらも“自分の考え”なのに、 同時に存在してしまう。
医師の声が、背後から聞こえる。
「自己認識は、時間の順序が崩れると分裂します。 あなたは今、複数の“あなた”を同時に観測している」
■ 4 “自分の記憶”が食い違う
あなたは、昨日の出来事を思い出そうとする。
だが、記憶が二つある。
- 昨日、外に出た記憶
- 昨日、一日中家にいた記憶
どちらも鮮明で、 どちらも“自分の記憶”だ。
あなたは混乱する。
少女が囁く。
「どっちも本当だよ。 だってあなたは、時間の中で“二つの道”を歩いたから」
未来のあなたが続ける。
「観測者圏は、あなたの未来を複数同時に観測する。 その結果、あなたの“自己”が枝分かれする」
■ 5 自己の“侵食”
夜。
あなたは、ふと気づく。
自分の思考の中に、 “自分ではない声”が混ざっている。
少女の声でも、医師の声でもない。
もっと近い。 もっと馴染み深い。
それは―― “別のあなた”の声。
未来のあなたでも、過去のあなたでもない。 “別の時間軸のあなた”だ。
その声が囁く。
「ねぇ……どっちが本物だと思う?」
あなたは答えられない。
なぜなら、 どちらも“自分”だから。
■ 6 自己の“境界”が消える
翌朝。
あなたは鏡を見る。
そこには、 あなたが立っている。
だが―― 鏡の中のあなたは、 あなたより先に動いた。
あなたが瞬きをする前に、 鏡の中のあなたが瞬きをする。
あなたが息を吸う前に、 鏡の中のあなたが胸を膨らませる。
鏡の中のあなたが囁く。
「私は、あなたの“別の自己”だよ」
あなたは震える。
鏡の中のあなたは続ける。
「あなたは今、 “複数のあなた”に観測されている」
■ 7 終末:自己が“観測者圏”に溶ける
あなたは気づく。
自分が誰なのか、 どの時間の自分なのか、 どの記憶が本物なのか――
すべてが曖昧になっていく。
観測者圏は、 あなたの“自己”そのものを観測し始めた。
その結果―― あなたの自己は、 複数の時間軸に分裂し、 同時に存在し始める。
少女が囁く。
「あなたはもう、一人じゃないよ」
未来のあなたが囁く。
「あなたはもう、あなたじゃない」
鏡の中のあなたが囁く。
「あなたは、私たち全部だよ」
そして―― あなたの背後、 五メートルの位置に立つ“方向の束”が、 ゆっくりとあなたの形に変わり始める。
観測者圏が、あなたの“自己”を引き継ぐために。


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