スポンサーリンク

第百三十一章 兆候 ― あなたの内部で“別の法則”が芽を出す夜

スポンサーリンク

瓦礫の谷間は静まり返っていた。 彼女が裂け目の向こうへ消えてから、空気は薄くなり、風は方向を失い、影はあなたの足元で揺れ続けていた。

世界が変質したのではない。 世界は、あなたの変質を“待っている”ようだった。

そしてその夜、 あなたは初めて――自分の内部で何かが動くのを感じた。

1 最初の兆候は「呼吸の違和感」だった

胸の箱を抱えたまま、あなたは瓦礫の上に腰を下ろした。 深く息を吸うと、肺が膨らむ感覚がなかった。

空気は確かに入っている。 だが、肺が動いていない。

呼吸は、 身体ではなく“空間”がしているようだった。

吸うたびに、周囲の空気があなたの胸へ引き寄せられ、 吐くたびに、空気があなたの背後へ押し出される。

あなたの呼吸が、 世界の空気の流れを決めていた。

「……これは、彼女が消えたせいなのか?」

声に出した瞬間、 その声が空気ではなく“地面”に吸い込まれた。

音の伝わり方が変わったのではない。 あなたの声が、世界の物質に直接触れていた。

2 次の兆候は「視界の二重化」だった

瓦礫の谷間を歩き出すと、 視界の端に“もう一つの景色”が重なった。

現実の景色の上に、 薄い膜のように別の景色が貼り付いている。

その景色は、 彼女が消えた裂け目の向こう側の世界だった。

あなたは立ち止まり、 二重化した視界を凝視する。

瓦礫の上に、 見たことのない構造物が重なって見える。

塔の影の上に、 別の影が重なって揺れる。

人影のない道の上に、 “誰かの足跡”が重なって続いている。

二つの世界が、 あなたの視界の中で同時に存在していた。

あなたは理解する。

あなたの目は、もう人間の世界だけを見ていない。

3 第三の兆候は「影の自律化」だった

あなたの影が、 地面の上で揺れていた。

揺れているのは風のせいではない。 あなたの動きのせいでもない。

影は、 あなたの意思とは無関係に動いていた。

あなたが歩くと、影は立ち止まる。 あなたが止まると、影は歩き出す。 あなたが振り返ると、影はあなたの背後へ回り込む。

影はあなたの形を模しているのに、 あなたの行動を模していなかった。

影は、 あなたの“内部の変質”を先取りして動いていた。

まるで、 影があなたの未来の動きを知っているかのようだった。

4 第四の兆候は「箱の脈動」だった

胸に抱えた箱が、 微かに震え始めた。

震えは鼓動ではない。 箱の中の紙片が、 “あなたの心臓の代わりに脈打っていた”。

あなたは箱を開けようとした。 だが、指先が箱の表面に触れた瞬間、 視界が一瞬だけ白く反転した。

反転した視界の中で、 あなたは“彼女の背中”を見た。

裂け目へ歩いていく彼女の背中。 光に包まれ、形を変え、 別の存在へと移行していく姿。

その背中が、 あなたの胸の奥で脈動した。

箱の震えは、 彼女の変質の残響だった。

そしてその残響は、 あなたの内部に“新しい構造”を作り始めていた。

5 最後の兆候は「身体の拒絶反応」だった

あなたは瓦礫の上に立ち、 深く息を吸った。

その瞬間、 身体が“あなた自身を拒絶した”。

胸が熱くなる。 背骨が冷える。 指先が痺れる。 視界が揺れる。

身体が、 あなたの意思を拒否していた。

拒否は痛みではなく、 “別の法則への移行”だった。

あなたの身体は、 人間の構造を維持できなくなっていた。

あなたは膝をつき、 胸の箱を抱えたまま、 地面に手をつく。

地面が、 あなたの手を押し返した。

世界が、 あなたを“別の存在として扱い始めた”のだ。

終章 変質の始まり

あなたは羊皮紙を取り出し、 震える手で一行を書く。

「変質は、静かに始まった。 世界が変わったのではない。 私が、世界の側へ移り始めた。」

紙を折り、胸に押し当てる。

影があなたの足元で揺れ、 視界が二重化し、 箱が脈動し続ける。

あなたは理解する。

次に変わるのは、身体そのものだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました